MMD杯の傑作

まずはこちらをご覧あれ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7935223

 かつて、「初音の4分33秒」という動画がアップされ、ジョン・ケージの原曲を知っている人も知らない人も大いに楽しんだようです。中でも、「このコメントも音楽の一部なんですね」という反応は非常に現代的でした。これについて、ユリイカ初音ミク特集では「この動画が初音ミクに対して意味のある時間が与えられていたら、尚よかった」という評価が下されていました。
 初音ミクはあくまでも楽器のひとつであり、音楽という枠組みから逸脱して語ることはできないのでしょうか。もちろん、初音ミクを主人公にした同人誌やグッツなどが市場では出回っていますが、それらはあくまでも派生要素であり、彼女自身の本質はやはり「音」「声」にあるでしょう。
 初音の4分33秒の場合、ニコニコ動画上における音楽の多様性は広がりましたが、初音ミク個人としての可能性はむしろ限界が見えてしまいました……。「音がない」という状態は、「彼女が存在しない」と同義になってしまうからです。ジョン・ケージの楽曲は音楽の可能性を広げましたが、楽器に関する指定は特になく、「観客のどよめき」「呼吸」などが楽器になってしまうのです。4分33秒の間、ニコニコ動画では投稿者のコメントが既に音楽の一部になってしまうので、初音ミクという楽器の存在は残念ながら不要となってしまいました。

 しかし、この動画で初めて初音ミクが音抜きで彼女の存在感をアピールすることができたのだと思います。

 初音ミクが売り出された当初から、キャラクターを売りに出すというYAMAHAの戦略があり、ニコニコ動画で大ヒットを飛ばしました。これまで、「動物化するポストモダン」の中で語られているように、現代の物語消費というのはキャラクターがその物語内で行動する範囲を遠く離れ、オタク達による二次創作などといった「大きな物語」の中で消費されるようになり、しまいには元のストーリーが存在しない単なるキャラクターであっても、二次創作などが行われることによって大きな物語が形成されていった過程が見られます。それまでは背景のアニメ作品、漫画作品などが必要でしたが、たとえば「東北電力の広告ポスターに出ているペンギンの格好をした少女」という要素だけで、爆発的にヒットし次々と同人誌が売れるようになっていったのです。
 初音ミクはその過程の元生まれました。彼女は単なる楽器のひとつであると見ている人もいるようですが、次第に音楽ジャンルの中で二次創作が行われ、彼女の「大きな物語」が定着していったのです。

 その中でも特に影響力が強かったのがcosMo(暴走P)による「初音ミクの消失」だと言えるでしょう。PCにインストールされているたかがソフトでありながら、「マスター(ミクの操り主)」と共に思い出を作っていて、削除間際にその思い出を走馬灯のようにせつなく感情的に歌い上げる名曲です。これまで多くの人を感動させ、これによって初音ミクは単なるPCソフトから命を与えられた一少女としての認識を多くの人が抱いたと思います。

 作詞・作曲はできても作品を発表する場がない人々にとって、初音ミクはまさに天使のような存在でした。それまではやり場のなかった才能がニコニコ動画初音ミクの相乗効果で爆発的に開花し、オリコンに名を連ねるほどの大ヒットをやり遂げたのです。

 ニコニコ動画にアップされた曲にPVアニメを付ける、自分で歌ってみる、その他のさまざまな表現でひとつの動画から次々と物語は生まれ、初音ミクをめぐる「大きな物語」は二次関数的に増大していきます。その中で、最近注目を集めていたのがMMDMikuMikuDance)と呼ばれるものでした。

 かねてからニコニコ動画の中では「アイマス動画」と呼ばれるジャンルが異常なほどに人気を博していて、おそらくニコニコ動画の愛用者であれば一度は目にしたことがあるはずです。これは既存曲にゲーム「アイドルマスター」の中の登場人物たちが踊る動画を付けたもので、単なる曲をライブ会場でミュージシャンが踊りながら楽しむことができる非常にエンターテイメント性の高い作品へと高める効果がありました。

 MMDはこのアイマス動画を出発点として形作られたように思われます。初音ミクの3DCGを曲にあわせて実際に動かすことにより、初音ミクは人間のミュージシャンに劣らない能力を身につけました。ネット界において、名実ともに「歌って」「踊れる」アイドルに成長したのです。

 MMDというジャンルも進化を続けてきました。「初音ミクの細かすぎて伝わらないものまね」という動画では、音楽とはかけ離れた寸劇を初音ミクが演じることによって、MMDの新たな側面が見られました。そして今回、上記の動画において初音ミクという「大きな物語」は「初音の4分33秒」の時に拭いきれなかった「音」という限界を超えて、視聴者に感動を届けることに成功したのです。

 実際、コメントの中には「私は音が聞こえませんが、この動画で楽しむことができました」というものもありました。この動画は、もちろん音楽と共に楽しむこともいいですが、音を全部消してみて初音ミクの動きを感じ取ることにより、その真価を目の当たりにすることができるでしょう。本当にすばらしい作品です。たとえ声が「消失」しても、彼女は語りかけてきます。

 初音ミクは彼女がたかが楽器のひとつであるというハードル、当初に設定された自己の限界を越え、日本中、いや世界中から愛されるアイドルにまで成長したと言えるでしょう。これからも広がっていくその才能に目が離せません。