信州へ


旅の始まりは新宿高速バスターミナルから。史上最大規模と恐れられた台風6号接近に伴い、中央道は土砂崩れで通行止め、東名も高波で通行止めとなり、このバスターミナル発着のバスは僕が乗る予定だった長野行きと沼津行き以外すべて運休というとんでもない事態だった。携帯電話でなにやら連絡したり、不安げな面もちで本を繰っている乗客を後目に、僕は朝からソフトクリームを食べていた。
 長野行きは予定通り発車予定。なんという幸運! この先台風の進路が変わったらバスがどうなるかわからないけれども、上信越道方面へ台風の影響は少ないだろうと思って選んだ長野旅行という選択肢は間違っていなかった。そもそも甲信越方面の温泉を開拓したいという野望と、昔ながらの温泉街でたまにはゆっくりしたいという願望の結晶であった。悪天候時はバスよりも新幹線の方が運休しやすいというバスマニアの勘と、高速バスのホームページを探しに探して見つけだした平日のみ新宿ー長野往復5800円という手頃な価格の切符が今回の旅を後押しした。新幹線片道運賃よりも、往復京王電鉄バスの方が安いではないか。もとから長野行き高速バスといえば西武バスという固定観念があり、当初はそちらで移動使用か新幹線にしようか悩んでいた節があったものの、京王バスのサイトにたどり着いてからはこれでいくしかないでしょうと頭を切り替えた。高校生時代、新宿が定期圏内にあった自分は西口のヨドバシカメラをよくぶらついていたので、松本行きやら飯田行きなど遠方の地が煌めくバスのLEDを羨望のまなざしで見ていたのである。そういえばあそこからバスに乗ったことない、乗ってみたいというのも正直なところだった。

 やや目白通りが混雑していたものの、大幅な遅れはなく横川サービスエリアに到達。峠の釜飯を買うか、焼きそばを買うか迷って焼きそばを購入した。店員曰く、焼きたてだからうまい、特殊な機械でくるくる回しながら焼いているからうまい、とのこと。こんなに宣伝されたら食うしかないだろう、峠の釜飯は何度も食っていて味はとうにわかっているが、この焼きそばは一期一会だ。焼きそばなんて縁日の象徴の一つで味は二の次だという人もいるかもしれないが、群馬の焼きそばはうまいのである。群馬は麺類に本気である。

 居眠りをしたり麻耶雄嵩の小説を読んだりしながら長野到着。案外スムーズに到着してしまい、せっかくだから長野駅前をちょっと楽しんでいこうと予定を変更。そもそも台風でかなりの遅延を覚悟しての旅行計画だったので、時間は存分にあった。地方都市にいくとなぜか巡回したくなるアニメイトののれんをさっとくぐり、あとは駅前で川中島バスの見学。以前はどのバスがどこの中古車であるかまで詳しく知らなかったが、最近ようやくコツをつかんできた。川中島バスの場合、横浜市営バス中古車に関してはモケットをそのままの状態で走らせているので、海なし県にもかかわらず海やベイブリッジ灯台などの模様をあしらった青い座席のバスがやってきたら横浜市営バス中古と断定できる(同じ法則が栃木県の宇都宮市を走る関東自動車でも適応できるので、宇都宮へ足を運んだ際にはちょっと気にかけてみるのも乙なものかもしれない)。

 長野バスターミナルまでちょっと往復し、小田急ロマンスカーの中古車を用いている長野電鉄の特急ゆけむり号に乗車した。

 特急券は100円で完全自由席、残念ながら車内トイレは存在しない。前方はすでにおばさん集団によって占拠されていたため、後方展望の座席でまったり景色を楽しむことにした。台風の中を突き進む勢いを覚悟してここまでやってきたのに、長野は晴れていた。

 山地と田園地帯がちょうどいいバランスで広がっている長電の車窓は普遍的なローカル線の旅の魅力を味わえるような気がした。山間の絶景を縫うように走る東北ローカル線とはまたちょっと違う、のどかな旅情である。途中駅で後方展望席の乗客が自分以外全員降りてしまったため、調子に乗って持参した人形と風景などを撮影していたら、長野電鉄グッズを売りに来た車掌が知らぬふりをして立ち去っていったというハプニングもあった。旅の恥はなんとやら、まあ気に病むことではない。

 湯田中について早速駅前の温泉施設を訪問。シンプルだが小ぎれいで露天風呂まで付いている。駅に近くでこの値段であれば人気がでるのは当然だ。無色透明の泉質はあまり特徴的なものではなかったものの、ろ過などせずに自然のままお湯を使っているとのこと。湯上がり後は旧駅舎から湯田中駅に止まっている列車を見つめて涼むことができる。

 まったりとした時間が流れる中、自分はコンビニで食料品を買いあさり、駅前の長電バスを一通り撮影しつつ、バス車内に「国道最高地点到達証」が貼られているのを見つけてすごいところまで来たなと感慨にふけるなど結構ちょこまか動いていた。このあたりのバスは湯田中から星川温泉、安代温泉、渋温泉上林温泉などを通り、志賀高原や白根火山などへ通じている。さらに白根火山で乗り換えれば草津温泉万座・鹿沢口駅軽井沢駅などへのアクセスも可能であり、白根火山が鉄道網を超越した一大バスターミナルとなっているようだった。