温泉旅行記 第四章(愛知県) 名古屋市営、近鉄電車

 旅行記の続きです。
 最初から読む場合は以下をクリックしてください。
http://d.hatena.ne.jp/kikuties/20080323

 名古屋はまろやかな寒さだった。肌を劈くような東北の冷気とは訳が違う。大荷物を名古屋駅のコインロッカーに預け、さっそく名古屋市営バスの乗り場へ向かった。今日はこの旅行で珍しく一度も温泉に入らない日である。休肝日ならぬ休肌日だろうか。実際の温泉療法も始めてから少しで小休止を入れるそうだ。
 名古屋市営地下鉄・バスの一日乗車券を購入し、基幹バスの2系統に乗車した。せっかくなら日野ブルーリボンに乗りたかったが三菱エアロスターだった。
 やはり道路が広いのを痛感する。名駅を出てからはしばらく走ったり止まったりの連続だったが、途中から道の真ん中に赤い基幹バスレーンと表示されたところを走るようになった。バス停間距離が長く、スピードもかなり出るので乗っていて飽きなかった。
 この基幹バスシステムは名古屋が全世界に先駆けて実施した画期的な交通システムで、名古屋の成功を参考にして主に欧州などで盛んである。工事は難しいが、東京に是非とも導入して欲しいシステムである。地下鉄を新たに建設するよりは費用が掛からないはずだ。
 あっと言う間に目的地の茶屋が坂に到着した。バス停から地下鉄の駅はわりと離れていた。
 名城線の次の駅は自由が丘である。東横線に同名の駅があるのは言わずもがなの事実。今まで京都府の日吉、兵庫県の大倉山など訪問した経験があり、シリーズ第三弾となる。閑静な住宅地の丘の上、といった印象の駅だった。地下鉄名城線の東側はわりと最近になってから建設された。駅の綺麗さが西側とは違う。だいたいどこの都市も西高東低で、東側に旧市街、西側に新興住宅地が広がるパターンが多いが、名古屋は特殊で西側の方が新興住宅地なのだと、高校時代における部活の顧問は語っていた。名古屋は日本の中でも特異な都市なのである。道の広さと言い、観光地になりきれない雰囲気と言い、これが癖になってしまう人もいるのだとか。
 さて、自由が丘の次は八事日赤で下車した。ここから徒歩すぐのところに目指す喫茶店はある。その名はマウンテン。喫茶店でありながら、明らかに異様な質と量の商品を提供することで、名古屋にとどまらず全国に熱狂的なファンを作っているとかいないとか、まあとにかくとんでも喫茶店なのだ。閑静な住宅街の一隅に山のイラストがどどんと現れ、ハイセンスな建物が存在する。
 せっかくここに来たのだから注文せねばならないだろうと、甘口抹茶小倉スパを注文した。注文時、おばちゃんに量は多いですかと尋ねたところ、普通、と返されたのである。それをまんまと信じた自分が馬鹿だった。
 緑色のパスタの上にクリームがたんまりと掛けられ、適当に果物があしらってある。とにかくスパゲッティーの太さが尋常ではない。しかも苔のような緑色だ。
 食べてみた。麺がやたら甘かった。早々と確信した、これを完食するのは不可能だと。
 本来スパゲッティーとは、デュラムセモリナ粉一〇〇%のものだけをパスタと表し、そのパスタの中の一品種なのである。だからこれはスパゲッティーではない。マウンテンの「甘口抹茶小倉スパ」だ。そういう商品なのだ。しかし、一体これを誰が食べるんだろう。名古屋、おそるべし。
 結局半分も食えずに店を出てきた。おばちゃんに謝ると、遭難したのね、次は頑張ってねと再訪を要求された。心の中で、ここは二度と来ないと心に誓った。
 八事日赤から再び名城線に乗り、新瑞橋で一度バスターミナルを見学した後、堀田で下車した。この駅と同姓の友人がいるので彼にメールを送ってから、バスの基幹一系統に乗車した。
 道の真ん中が基幹バスレーンになっている基幹二系統に対し、基幹一系統は道の端がバスレーンである。また、基幹二系統は後乗り前降りなのに対し、基幹一系統は前乗り後降りである(その他、一般の市営バスは前乗り後降り)。
 運良く富士重工製のCNG車に当たった。CNGとは圧縮天然ガスを用いた環境に優しいバスで、最近普及したものは屋根の上にタンクがあるのが特徴である。
 車内は前の方がバスでは珍しいロングシートになっている。やはり乗客が多いのだろう。ただし、とにかく一般のバスに比べれば早いので立っていてもあまり苦にならないかもしれない。
 終点の栄で今度は栄始発の基幹二系統に乗り換えた。このバスの運転手がやたら丁寧だったのを記憶している。事あるごとに「よろしくお願いします」と語尾に付けるのだ。右に曲がります、よろしくお願いします、と言った感じだ。挙げ句の果てに、「信号赤になってしまいました、残念無念」なんてマイクにぼやくからバスの乗客は爆笑している。結論を言えば、名古屋市営バスの職員は他のバス会社に比べるとかなり丁寧だと言える。
 茶屋が坂で再び降車し、今度は大曽根へ向かった。階段をひたすら上がり、近代的なホームに出るとレールはなく、新交通システムの道のような感じだ。
 やってきたのは三菱エアロスターであった。いわゆる大型バスだ。これこそ名古屋が世界に誇るガイドウェイバス方式のゆとりーとラインである。
 バスを運転手が操るというのは一般のバスと同じだった。とりあえず座席に着き、しばらく運転手の動向を見守った。加減速を行うあたりは全く通常のバスと変わらない。ただ、運転手がハンドルを握らないのだ。バスが進むとカーブにあわせてハンドルが勝手に回っていくのである。
 これは新交通システムとバスを足して二で割ったようなシステムで、バスの外側に取り付けられたローラーがガイドウェイに当たって進むという方式を取っている。橋脚がかなり高いところにあるため、バスからの視界がすこぶる良い。あっという間に目的地である小幡緑地に到着した。ガイドウェイバスはこの先、ガイドウェイを離れてそのまま一般道を走っていく、単なる名鉄バスの系統になるのだ。名古屋は街全体が交通の実験場みたいだ。
 すぐにやってきた守十一系統に乗車し、小幡で降りて名鉄瀬戸線で栄、東山線名古屋駅に戻った。これで名古屋で行こうとしていた場所は制覇した。駅できしめんを食し、ロッカーから荷物を取り出して近鉄アーバンライナーのノンストップ特急、近鉄難波行きに乗った。
 車種はアーバンライナープラスである。車内は清潔感に溢れ、特急を走らせ慣れている近鉄の貫禄たっぷりだった。関東で普通列車ダイヤの網を縫って走る有料特急とは訳が違う。近鉄名古屋の次の駅が大阪の鶴橋と言う話もすごい。なお、実はこの一時間前の電車に同じサークルの会員が乗っていたという驚愕の事実が後日発覚するが、それはまた別の話。ミラクルはこの先も発生する。
 車窓がやたらに田舎っぽかったことしか記憶にない。二時間ほど座席の上でうとうとしていたようだ。忍者の里、伊賀上野の近くを経由して列車はあっという間に鶴橋に到着していた。
 予定よりも一時間早い列車に乗ったのは、せっかく大阪に来たのだから阪急電車に乗っておこうと心に誓ったからである。環状線で大阪へ。自分は関東でICOCAを使っているのだが、久しぶりにイコカの地元でこれを使うことが出来た。
 阪急梅田からとりあえず神戸本線七〇〇〇系に乗って十三へ向かった。一旦改札を出てから再びホームで待っていると運良く八〇〇〇系がやってきた。神戸本線では珍しくクロスシートの入っている車両で、全面の窓が広く軽快な音を立てて快走する名車である。かねてから乗りたいと思っていたが、この度その夢が叶った。
 阪急梅田で下車、頭端式ホームにマルーンの列車がずらりと並んだ光景は圧巻である。頭端式は関東ではすっかり珍しくなってしまった。東横線渋谷駅もいずれ副都心線との直通運転が開始されればあのホームも廃止され、地下に移される。旅情を駆り立てるこのような光景、関東では東急蒲田駅などが今でもその雰囲気を残しているが、やはり阪急梅田は半端な規模ではない。今でも頑なに路線のカラーを守り、全車両をマルーンで統一する心意気も尊敬すべきことだ。利便性のみを追求して無闇やたらな相互直通運転を重ね、すっかり威厳をなくしてしまった関東の私鉄にも見習って欲しいものである。東急田園都市線東武伊勢崎線内における濃霧の影響で遅延とか、本当にやめてほしい。
 さて、阪急梅田駅でカメラを構えていたらなんとサークルの先輩に出会ってしまった。その人は当該列車に三ノ宮から乗車してきたらしい。これから近鉄の布施駅界隈でサークルの飲み会があるので、二人で布施に向かった。