福島横断の旅 中編

 宿に電話した際「バス停から歩けますよ」と言われたので、それを信じてとりあえず歩いてみる。霧が出てきて足下は悪く、とんでもない山登りである。なんだかグリム童話の世界に巻き込まれたような気分。
 予約してしまった以上、引き返すことはできないし……。こんなところを一人で歩いたんだぜ。



ところどころに宿の場所を示す看板があるが、以下の看板なんて風雨にさらされて判別がつかない。

ほとんど勘を頼りに歩き出す。この看板を過ぎた辺りから、自分は道に迷って死ぬんじゃないかと本気で考え始めた。



↑どうやら道は合っていたらしい。ほっと胸をなで下ろす。
しかし、こんな山の中をあと300m歩くのは結構精神的負担が大きい。


 ようやく拓けた場所に出る。しかし、相変わらず視界は最悪で、前が全く見えない。


そして……。

到着である。この看板を通り過ぎ、左手の階段を下っていくとようやく建物が見えてくる。ここまでバス停から歩いて30分程度かかる。きっと人によって所要時間は大きく変化するはずだ。寄り道せずにもっとさくさく歩けば20分くらいで行けるかも知れない。

こちらが土湯温泉郷、不動湯温泉である。上記を見て分かるように土湯温泉郷の最果てに位置する鄙びた宿で、ウリは三種類の異なる源泉を湯治場の雰囲気を濃厚に残す旅館で味わえるということである。

旧館の自炊形式を選ぶと一泊3750円。非常に安価だ。また、日帰り入浴なら500円で受け付けているらしい。ちなみに、この日の宿泊客は僕だけだったらしい。
歴史を感じさせる建物である。床を歩く度にギシギシと軋む。自炊とのことで、旧館の一番奥にある台所のような場所を案内された。家庭の台所と何ら変わらない場所で、そこらへんに転がっている食器類や器具は自由に使って良いとのこと。長期滞在にも向くといえるだろう。女将さんがお湯の出し方を説明してくれた。スイッチを押してお湯が流れ出てきたが、女将さんはその止め方がわからなかったようだ。再びスイッチを押すとお湯が止まった。

通された部屋は鄙びた宿の雰囲気満載な宿。天井から裸電球が下がっていて、部屋にある照明はこれのみ。一応テレビもあるし、携帯も圏内だが、部屋に鍵がかからない。障子だけである。

なんでこんな宿を選択したのか疑問に思う読者もいるかもしれない。しかし、ここは温泉が最高なのだ。女性専用の浴槽を除き、三種類ある温泉は全て混浴。そして、それぞれことなる泉質である。

まずは一階部分にある常磐の湯。単純炭酸鉄泉で、さまざまな症状に効果があるとかないとか。ちなみに浴室に入ると、岩がくりぬかれた場所にお湯がたまっているだけで、2〜3人程度が入れるくらいの大きさ。シャワーやカランといった施設は一切なく、あるのはケロリンの風呂桶とシャンプー・ボディーソープくらいである。窓を開けると緑がすぐそこまで迫っていて、雰囲気だけは頗る良い。まあ、この湯に関してはさほど特筆事項はない。

常磐の湯の側に下まで続く階段がある。ホームページでは”「長命階段」と呼ばれる風情ある階段”なんて風情に紹介されているが、これが学生の自分にも結構きつい階段だった。角度が急で、足を踏み出す度に壊れそうなくらい軋む。途中に休憩所みたいな椅子が設けられているのも頷けるほどである。そして天井から蜘蛛の巣が下がっていて、嫌でも顔に巣がまとわりついてくる。ある程度の身長がある人は気を付けた方がいいかも知れない。

そして羽衣の湯に到着。檜の浴槽が二つに別れていて、ぬるい方とあつい方に別れている。ぬるい方に入ってみたが、これはとても気持ちがいい。無色透明の単純泉といっても侮る事なかれ。都会の方で単純温泉といえば別に温泉らしくもないつまらぬ湯が多いが、素晴らしい単純泉は本当に素晴らしい。
ちなみに、ここにもシャワーやカランの類は存在しない。

そして羽衣の湯を出て、扉を開いてスリッパに履き替え、石の階段をひたすら降りていく。もうなんというか、宿の範疇を超えて完全に森の中に入っていくようだ。羽衣の湯の側にある電気のスイッチをオンにしておかないと、足下がわからなくなってしまうくらい暗い。下の入浴中に誰かがスイッチをオフにしたら、それは死を意味するだろう。不安な人は懐中電灯でも持っていった方がいいんじゃないだろうか。

そして辿り着いたのは森の中にある露天風呂だった。屋根が一つあり、簡単に更衣のための籠があるが、そこは既に鬱蒼たる森の中。脇にはちょろちょろと滝が流れていて、岩がごつごつと集まった箇所に、今まで100カ所を越える温泉に入浴してきた僕がその中でも最高だと感じた露天風呂があった。

無色の硫黄泉である。お湯の中には「するめいか」程の大きさがある巨大な湯の華が無数にたゆたっていて、それを摘んでぐりぐり擦ると香しい硫黄の匂いがほのかに広がる。お湯はいつまでも入っていられるほどぬるく、清流に耳を傾けながら異世界体験をする。いつ熊に襲われても不思議ではない緊張感を抱きつつ、それでも至高の温泉にずっと入っていた。

日帰り入浴ではなく、宿泊にして本当に良かった。この露天風呂にはチェックアウトまでに三回も長々と入ってしまった。階段を往復する手間を考えても、この露天風呂は素晴らしい。

お湯の詳細はこちら↓
http://www.naf.co.jp/fudouyu/onsen.stm


後編に続く。