ドイツ・ビアライゼ(3−2)タウヌステルメ

 さて、ICEで行くバイエルンの旅を続けよう。2時間ほど列車に揺られると、牧場地の続く窓外に高層ビルの立ち並ぶ地域が見えてきた。マイン川沿いのフランクフルト、という意味でフランクフルト・アム・マインと呼ばれる街である。人口はそこまで多くはないのだが、ドイツにおける経済の中心地であり、日本からの便も数多く就航する巨大な国際空港も近郊にある。前回、駅前すぐ近くのホテルエクセルシオールに宿泊し、アクセスは最高に便利な上ルームサービスも最高だったのでとくに気に入っていたのだが、今回もそのホテルに宿泊する運びとなった。
 さっそくチェックインし、荷物の入れ替え作業をすませると、中央駅の地下ホームからSバーンに乗車した。
 ここでドイツの温泉事情について触れたい。ドイツでは古くから温泉療養が盛んであり、休む時は2週間以上丸々休みを取って療養地に籠もる。「バード」や「バーデン」と名前のつく地名はだいたい温泉地であり、プールのような感覚で入れる施設から、医学療法にのっとって入り方を詳しく指導される施設までいろいろある。療養地は観光地であり、官営カジノや娯楽施設、美術館などがそろっていて、温泉に浸かる時以外でもゆっくり羽を伸ばせるようになっているのだ。
 昨年訪れたバーデンバーデンはまさにそのような温泉地の代表格であった。カラカラテルメというプールのような温泉へ足を運び、広い施設に感動を覚えたのだが、二階にあったというサウナは入らず仕舞いだった。今回は是非ともサウナにも行ってみようという魂胆で、フランクフルトからすぐ近くのちょっとした郊外にあるバードホンブルグを訪れた。
 Sバーンは本数が少ないのだが(S5、Bad Homburg)、Uバーンで行くこともできる(U2終点、Bad Homburg-Gonzenheim)。駅がそれぞれ異なるのだが、だいたい歩いて15分くらいのところに今回目指すべき「タウヌステルメ」は存在した。まず、入口脇に五重の塔が立っていて、朱塗りの橋があり、施設入口もまるで、千と千尋の神隠しに迷い込んだような感覚だ。


 チケットの購入でちょっと苦労してしまったが、窓口の人に言ったらなんとかなった。入浴時間を指定し、コインのようなICチップを受け取る。奥へ進むと個別に分かれている更衣室が存在する。ここには男女の区別もなく、空いている部屋に入って水着に着替えるのだ。着替え終わったらリストバンドのついているロッカーを探し、荷物を入れてからさきほどのコインをリストバンドに装着し、鍵を回すと扉が閉まる。ロッカーを開ける時は逆にリストバンドを扉の該当個所に装着し、扉を開けてコインを受け取るのだ。はっきり言ってどうしてこんなまどろっこしいのかよくわからない。
 荷物を預けたらいざシャワー室へ。タトゥー姿の恰幅のいいドイツ男性がシャワーを浴びているので、日本人がいくと仰々しい雰囲気に感じる。さっと体を洗い、いざ浴槽へ。
 カラカラテルメほど広くはないのだが、日本の温泉と比較してみると相当広い施設である。目の前には外の浴槽までつながっている巨大な浴槽があり、周囲に小さいジャグジー風呂がいくつかあった。浴槽と呼ぶよりも、プールといったほうが正しいかもしれない。水温はプール32度くらいだったろうか。水着を着た男女が水遊びをしている。
 入ってみると、若干体温より冷たいのでひんやりする。ナトリウム塩化物泉なのだろう、バーデンバーデンほどではないが、わずかにしょっぱい味がした。おそらく循環はしているだろうが、豊富な湯量がありそうである。日本みたいに温泉分析表がないのが残念だ。
 室内は日本と中国と韓国がまざったような空間になっていて、天井が広く、ところどころにエキゾチックな要素が詰められていた。もっとも、我々からみればわりと馴染み深い装飾なのだが、ドイツ人にとってみればそうなのだろう。どうやらドイツではアジア圏に癒しの効果を見いだすらしい。自分からみれば、日本文化でもない中国文化でもない謎のイメージが幅を利かせているような印象に陥るが、考えてみれば宮崎アニメが描くヨーロッパ像でも各国の文化がごちゃごちゃになっていて向こうの人からみれば相当違和感があるらしいので、お互い様なのだろう。まあ、少なくとも日本に対して悪いイメージは持っていないはずだ。やや未開社会的なノリかもしれないが。
 プールの中にあった居酒屋の名前は「カンパイ」であり、映画館は「パンダ」という。他にも「みず」という施設もあった。謎の言語感覚である。
 外のプールに出ると、ドイツ人カップルがいちゃいちゃしたり、友達同士で盛り上がったりしていた。流れるプールがしつらえていて、簡易居酒屋や滝、日本家屋をイメージしいたようなでかい屋根が見えた。ジャグジー施設があったので近寄ってみると、なるほど日本のジャグジー風呂と同じ要領でジェットが吹き出している。温泉プールの隣には水のプールもあり、ひぃひぃ言いながら冗談で泳いでいる男もいた。この時すでに夕方で若干肌寒いくらい、日本の蒸し暑い夏であれば外で騒ぐのもいいかもしれないが、ちょっと寒いくらいである。
 中に戻り、プールの横にある小さいジャグジー浴槽に入ってみると、これが日本の温泉にやや近づいた温度で、なかなか気持ちいい。温度は高くて38度くらいだが、やはりここでは皆リラックスするようだ。
 その他、ジャグジー風呂よりも大きい二つ目のプールは34.5度に設定されていて、療養泉につき入浴20分以内と書かれた看板にもあるとおり、他の浴槽に比べて温泉濃度が濃いような印象を受けた。ここも結構気持ちいい。
 さて、問題のサウナタイムである。二階はなんと、男女とも全裸なのだ。しかも、バスタオルを巻いてサウナに入ってはいけない。必ず自分の下にバスタオルを敷いてサウナに入らないといけないのである。
 低温サウナ、アロマサウナ、風水サウナなど数多くのサウナが存在し、性別分け隔てなく好きなサウナに入って、以上の要領で暖まる。サウナを出てからはバスタオルをハンガーに掛け、シャワーを一発浴び、裸のまま温泉浴槽で泳ぐのだ。
 ドイツ人は男女とも体がでかい。自分は大きめの方ではあるものの、やはりアングロサクソン系の皆様にかなうはずがなく、背筋を凍らせたままサウナでじっとしているしかなかった。これぞまさしく異文化体験にふさわしいと言えよう。男女全裸でサウナ入浴なんて、日本では考えられないだろう。
 サウナの階にもドリンクを飲める場所が存在し、裸にタオルを巻いて酒を飲んでいる連中がいた。紐を引っ張るとバケツにたまった水が降り懸かってくる仕組みや、小物の類は各所に散見された。まさにいたれりつくせりであるが、カルチャーギャップの方が強くてゆっくり休養するという雰囲気ではなかった。帰る予定の電車が迫っていたので、さっと着替えてバードホンブルグから退散。いやはや、すごい体験であった。