ドイツ・ビアライゼ(4−1)フェルクリンゲン製鉄所

 朝食はミュンヘンもフランクフルトもほとんど同じである。この宿の場合、タイ米と肉まんのようなものがあったが、基本的にはハムやチーズを味わった方がいい。あと、必ずといっていいほどマルチビタミンというオレンジ色の飲み物がでてくる。まあ、良くあるジュースなのだけれども、はまってしまいドイツ旅行の間結構飲んでいた。
 宿からもっとも近い駅のホームへ向かうと、ほどなくパリ行きの国際列車版ICEが入線してきた。ユーロ加盟国同士協定を結んでいるので、互いに国際列車を走らせるのが非常に容易な環境ができている。この路線の場合、フランクフルトからTGVと共同運行でパリまで往復している列車だ。もちろん今回の旅ではパリまで行かず、途中のザールブリュッケンまで行くのが目的だ。
 ドイツの観光ガイドにもあまり載っていないフォルクリンゲン製鉄所こそ、本日の観光予定地である。フランクフルトからICEに乗っても一時間半ほどかかるので日本人観光客はあまり訪れない。
 昨日同様、空いた椅子を探して奔走してなんとか確保。駅で買ったフランシスカーナーの缶ビールに舌鼓をうちながらICEに揺られ、フランスとの国境近いザールブリュッケンに到着。ホームの先に止まっていたRB(レギオバーン、いわゆる在来線)に乗り換えて次のフェルクリンゲン駅で降りた。


 電車を降りると、目の前に巨大な廃墟が聳えている。何だこれは。
 歩いて五分くらいでフェルクリンゲン製鉄所に到着。それは想像を絶する規模だった。寂れた鉄パイプが毛細血管のように張り巡らされ、巨大な円筒形の物体が幾重にも伸び、もはやそれ自体がなんらかの地球外生命体なんじゃないかと考えてしまうくらい、とてつもないところだった。


 入口から入ると暗い部屋に通される。まずはこの製鉄所の歴史を軽く紹介する映像をみるのだが、この映像がかなり凝った作りになっていて、速いドイツ語であまりよく聞き取れなかったものの、とても見応えがあった。途中、足下のライトが七色に光って映像効果と連携する仕組みは実に見事である。
 映像を見終わった後はいよいよ内部の見学だ。まずは屋根裏部屋のような空間を見回ったのだが、ここだけでも異様に広い。


 どんどん見える範囲が広くなっていく。最初は同じ階を右往左往していたが、徐々にアップダウンがでてきた。解説などはちょっとしか書かれていないので、それぞれ何をしていた装置なのかはわからず仕舞いだった。


トイレ休憩を挟んでからはいよいよヘルメットを被ってフォルクリンゲン散策。いきなり狭い階段をひたすら登っていく。これは大変だ。少なくとも、列車でビールを飲んできた人がやるべきことではない。まあ、幸いにも問題はなかったので、そのまま足を進めていった。


 高所恐怖症の人にはこの先到底不可能だろう。足下にも自分より高いところも得体の知れない鉄の塊だらけ。いやはや、この製鉄所を設計したのはいったい誰なのか、一度その人の脳味噌をのぞき込んでみたいものであるう。きっと、この施設並みに複雑なのだ。


 見ごたえたっぷりのスケールだった。上を見上げると、廃墟らしく鉄屑の隙間から植物が生えていて、なんだか天空の城ラピュタのような雰囲気になっている。


 階段でずっと上まであがっていくと、広大な敷地が見渡せる。これでも、かつてよりだいぶ縮小してしまったのだがら、当時はすごかったんだろうなと感慨に耽る。溶鉱炉、どのように組まれているのかさっぱりわからない運搬車のレール、その他夥しい機器の数々。


これが世界遺産だ! と見せられると、日本の小さい観光地がなかなか世界遺産を獲得できないのも、しょうがない気がしてくる……。

 およそ二時間ほど見回ったあと、最後に道を渡って建物の中に入った。そこには、この製鉄所の原動力となる巨大な発動機があった。黒光りする巨大な円形の鉄は、不気味な美しさすら湛えていた。実用性こそ、最大の美しさなのだろうか。そんなことを考えていた。製鉄のために作られた施設だが、夜にライトアップされたら、さぞかしきれいであろう。ただし、その美しさにうっとりするというよりも、背筋から全身をぞっとさせるような感覚だった。一時期はここで17000人以上の労働者が働いていたという。彼らは毎日、この鉄の古城をどのように見ていたのだろうか。