ドイツ・ビアライゼ(5−3)ケルン大聖堂


 ホテルに預けていた荷物を受け取ると、フランクフルト中央駅よりICという特急列車に乗ってフランクフルトの街を出発。客車特急なのだが揺れは少なく、加速がとても速いので快適だ。ICEよりも座席がふかふかしているので、こちらを好む旅行客も少なくないとか。目指すケルンまではICEの方が速くつくのだが、ライン川沿いの景観のよい沿線をゆっくり乗り鉄するのも乙なものだということで決断し、こちらの列車にした次第である。
 列車の車内では親が子供に動詞の語尾変化を教えていた。ドイツ語をかじった方ならおわかりいただけるだろうが、ドイツ語の語尾変化はとても複雑である。日常会話レベルだとドイツ人でも間違えまくっているのが実状のようで、日本人はこの難しさに恐れをなしてなかなか会話できなくなっている感がある。間違いをおそれず、とりあえず会話してみるべきなのだろう。案外通じるものだ。
 フランフクルト空港はさすがにきれいだった。鉄道にしばらく揺られ、いよいよライン川に合流。このあたりはドイツでも人気の景勝地であり、川を観光船が上下していて、山際には古城が並んでいた。中にはネズミ城なんてユニークな城もあった。現在は個人所有で、猛禽類が育てられているらしい……。


↑グーテンフェルス城


↑プファルツ城

 いよいよドイツの昔話で有名なローレライにさしかかった。つきだした岩場の上に旗が掲揚されており、ごついアルファベットでローレライと表記されていた。おそらく、いや間違いなくこれがローレライなのだろう。しかし、噂には聞いていたのだが、本当に岩があるだけだった。ふぅん、という感想しか抱かなかった。まあ、そんなもんだろう。しばらく揺られると、やがて車窓にはケルンの大聖堂が見えてきた。遠くからでも見つかるほど大きい。
 天候が怪しくなってきた。ケルンについた頃にはすっかり曇天になっていた。今日の宿は珍しく駅から離れているので、荷物を預けて先にケルン観光を済ませてしまおうと決意。荷物のマークがある方へ歩いていくと、そこにはロッカーではなく、背の低い自動販売機のような機械があった。スーツケースのマークが書かれていて、お金の投入口があるのでおそらくロッカーで間違いないのだが、スペースとしては荷物が三つくらいしか収まらない。表示を読むと、どうやらここに格納してベルトコンベアーでどこかにしまっておくと書かれている。
 金を入れるとゲートが開いた。中にスーツケースをしまうと重厚なゲートが音を立てて仕舞った。ベルトコンベアーで荷物が運ばれていくアニメーションが動き、磁気式のカードキーが手にはいった。これはすごい。日本の駅も場所を理由にコインロッカーの数を制限するのではなく、こういうシステムを導入すればいいのに。完全オートマチックである。

 ケルン大聖堂は駅の真正面に立っていた。とにかく巨大である。大きすぎてどのくらい大きいのかわからないくらい巨大だ。それなのに、丁寧な彫刻が壁を覆っていて、職人がいちいち手作業で仕上げたのだと思うと、気の遠くなるような年月に立ちくらみしそうだった。

 とりあえず一階部分に入ったがミサが始まってしまいよく見られなかった。気づけば外は大雨で観光客が大量に雨宿りしている。様子を見て外へ移動し、裏側から大聖堂の階段昇降口に回った。ここからずっと螺旋階段で上まで登っていくのである。
 まず、石段が狭い。気の遠くなる長い螺旋階段で、上りも下りも同じ道なのですれ違うだけで大変である。子連れの母親は悲鳴をあげて僕に道を譲ってくれた。ちょっとした観光気分で登りだした若者も本当にしんどい表情を浮かべていた。これが修行なのである。ICの中でビールを飲んでいた自分にとってもなかなか骨の折れる階段だった。

 耳を巨大な鐘の音が襲っていた。しばらく登っていくと中程に「鐘」と書かれた看板があった。通路を入っていくと、ちょうど大小様々の鐘が大きく揺れているところだった。

 この鐘にぶつかったらきっと死ぬだろう。周囲の観光客は一同に耳を塞いでいて、体に悪影響を与えかねない鐘の響きに恐れをなしていたが、たしかにすごい音だった。ケルン市内の遠く離れた場所にすら届く音なのである。鐘が目の前に見える位置で聴いたらすごいことになる。

 さらに登っていき、ちょうど天候も回復してきたところで中継地点についた。ここから先は階段がさらに狭くなるので一方通行となる。最上階に着くと、さすがに足がガクガクしていた。

 ケルン市内は雨上がりの青空で、遠くには速い雲が流れ、梅雨がケルン大聖堂の壁を伝っている。ケルン中央駅を眼下に望み、屋上をぐるりと一周したら心が洗われた。人間、たまには高いところに登りたくなるものである。たとえ困難を伴ったとしても、こうやって下を見下ろすのは気分がいいものだ。