恐山訪問記 第4章「光陰」


 むつバスターミナルはむつ市の交通の要衝であり、昔ながらの趣を残した施設である。


 幕式の発車案内が残っていて、運賃が全て書かれた表もある。窓口があり、乗車券の販売は行わないらしいが(定期券販売はこちら)、発車案内と発車ブザーはこちらから行う。待ち合わせ所にはトイレ、ベンチ、自動販売機などがあり、バスの待ち時間が長くても退屈しないようになっている。少し薄暗いが、バスファンにとっては情緒たっぷりの施設。


 下北交通のバスは三菱の車両がメイン。新呉羽時代の車両も健在。かつては三菱の様々な中古車を保有していたらしいが、現在は新車も入ってきたので廃車が相次いだ。三菱車体の他、いすゞキュービックや富士重工7E車体のの三菱車なども見られる。


 乗車予定の佐井車庫行きでやってきたのはエアロスターMだった。Wikipediaでは「東急8090系のように車体側面が上に行くほど狭くなる」などという説明がなされている車両。確かに似ているかもしれない。このタイプは現在主流となったスケルトン車両の黎明期でもある(それ以前は、八戸の南部バスで現存しているようなモノコック車両)。これで一気に本日の宿がある大間の方まで行く。

 予想に反して車内は非常に混雑していた。これから薬研方面の温泉に行こうという観光客と、これから自宅へ帰る通勤・通学客で溢れ返っていた。なんとか座れたが、隣りに座った年輩の女性が何回も自分のキャリーバッグを床に倒しては立て直すという作業を繰り返していた。観光型ではない長距離バスは荷物が多いときにちょっと困る。

 とはいえ、30分ほど走ったら車内はかなり空いてきた。大畑を過ぎると海岸沿いを走る。


 珍名バス停シリーズ。甲と書いて「かぶと」と読むらしい。個人的には大間の近くにある「アワビ養殖センター前」も結構気に入った。ちなみに、下北交通ホームページを見てこの路線がどうなっているかよく分からないという方もいらっしゃると思うので解説すると、「下北交通バス時刻表」のページを開いて上から三番目と四番目の路線が直通運転を行っていると考えてもらうと正しい。「佐井線」のページを開くと、むつバスターミナルから大畑駅前までの間が丸々抜けているが、この間はむつ線のページを参照する、ということ。あと、佐井線のページが二段になっているが、これは朝日町バス停の次が大間平で、連続しているという意。終点まで乗り通すと二時間以上かかる結構長い路線なのだ。


 夕日を見ながらバスは海岸沿いを走っていき、90分ほどかけて大間病院前に到着。風光明媚な路線で、車窓を見ていたらあっという間に時間が経ってしまった。ここで下車し、あとは本日の宿まで20分ほど歩く。日中は暑かったものの、夕方7時頃になると周囲は明るいのにかなり肌寒い。念のため持ってきた長袖を着てなんとか凌いだ。さすが青森である。


 本日の宿は大間温泉海峡保養センター。ここのキャッチコピーは「本州最北端のいで湯」。事実上本州最北端に位置する温泉で、塩化物とカルシウムを大量に含む良湯、とのこと。ちなみにわざわざ「いで湯」という表記になっているのは、この施設よりもやや北に行ったところに人工ヘルストン温泉を備えた民宿があるからである。まあ、ヘルストン温泉は温泉法上の温泉ではないので、ここが本州最北端の温泉と言い切っても問題はない。

 中は公営の施設といった様子。予約の時点で「4.5畳の狭い部屋しか空いていませんがそちらでよろしいですか?」と質問されたので、まさかとは思っていたが本当に全室埋まっていた。観光客というよりも漁師なのだろうかと思いきや、親子連れの客などもいる。もっと閑散としているかと思ったのに、何なんだ。自分が通された部屋はゲームセンターの目の前にある和室で、最初は何だこれと思ったものの、夜になったらゲームの音は消えてなくなるし、なんだか愉快だったので問題はない。それに、狭めの部屋ということで少し料金が安くなっているようである。これはむしろありがたい。


 宿の晩御飯。一番安いコースを頼んだにもかかわらず、わりとボリュームがあって美味かった。とくに海産物は絶品である。大間マグロはもちろん、タコもぷりぷりで美味い。

 宿の後はお待ちかねの温泉。かつては岩場を取り混ぜた情緒溢れる温泉で、源泉風呂などもあったようだが、最近改装されて、サウナと水風呂が付くかわりに大きな浴槽一つだけになってしまった。加水・循環濾過も行っているようである。お湯は無色透明で、少し舐めてみるとしょっぱく、苦い。この苦みはカルシウムの証拠(日本一カルシウムの多い弦巻温泉に行くと感覚がわかるはず)。

 かつては濁り湯で塩分もきつかったらしいが、改装されてしまって残念である。まあ、それでもサウナと水風呂を存分に楽しみ、23時近くになって再び入浴した時は広い浴槽を独り占めできたので楽しかった。


 入浴後は地元のビール。ドイツでは寺院の坊さんがビールを作るのが一般的だが、こちらは日本の寺社仏閣の住職が作ったビール、とのこと。この他にも、むつ市内では北海道限定のコアップ・ガラナが販売されていて、随分北まで来たんだな、と感慨に耽った。

 ちなみに宿でマイケル・ジャクソン死亡のニュースを聞いた。自分が恐山で地獄めぐりをしている最中、マイケル死亡のニュースが日本国内を駆けめぐっていたのである。風が強かったのはそのためだったのかもしれない、と考えてみた。そしてやはり自分は恐山にいる間、地上とは別次元の空間を彷徨っていたのだと再認識した。浦島太郎物語のように、下界の時間が幾分進んでいたとしても不思議ではなかった。

 宿で13分ノーカットの「スリラー」PVを視聴。とても良くできたPVで、改めてマイケルは天才だと再認識した。恐山に行った後にこれを見るのもなんというか、複雑な心境。ご冥福をお祈りします。


第5章に続く