第2回 構成法、伏線の張り方

 この項では主に短編推理小説の書き方を扱います。
 まず、推理小説も小説の一種ですから、起承転結が必要となります。更には、ミステリーには謎→推理の過程→解決という重要な骨組みがあります。それでは起承転結のどこにそれを当てはめるか、なんですが、とりあえず解決部分は結として、それ以外の三箇所を考えてみましょう。
 どうでしょうか。遺体発見(起)→捜査(承)→推理(転)→解決(結)が最も一般的なように思われます。しかし、必ずしもこれに縛られることなく、例えば麻耶雄嵩「あいにくの雨で」のように、冒頭からいきなり事件の捜査に入るものもあれば、遺体発見まで相当時間を要する小説もあります。この辺りは自分で何を起承転結に当てはめるか考えてみてください。
 とは言っても推理小説の場合、オチを考えるのが先になるかと思います。それで、オチに向かってどうストーリーを展開していくか。考えたネタによって柔軟に起承転結の当てはめを行い、柔軟にストーリー作りをしてみましょう。

 それでは、どのように伏線を張るか、です。
 これに関し、日本で初めて蓋然性のトリックを使ったと言われる、谷崎潤一郎の「途上」という短編小説を繙いてみましょう。ネタばれを含むので未読の方はご注意下さい。
 以下、どのページで大まかに何が起こったのかを記述しました。なお、ページ数二関しては谷崎潤一郎「犯罪小説集」集英社を元にしています。これ自体は絶版なのですが、「途上」に関しては創元推理文庫の日本探偵小説集で読めたかと思います。ちなみにストーリーは、今の妻を愛している夫が、先妻が偶然死ぬような環境を数多く整えて事実上殺害し、それを警察に見破られる、というものです。

41p 土産を買ってやりたい→今の妻を愛していること(A)
46p 先妻がパラチフス(B)
48p 先妻が窒息、ガスの栓(C)
51p 自動車、電車→流行性感昌(D)
52p 自動車の危険性(’D)
56p 蓋然性の説明
59p 酒、煙草など様々な要素

60p パラチフス(’B)
62p ガスストーブ(’C)
64p チフス解明(’B)
65p 動機(’A)

 太字になっている箇所はこの小説の最も重要となる部分、いわゆるテーマです。それ以外の書く事項をA〜Dとナンバリングしましたが、事件が起こる順番と解決される順番がだいたい逆になっているのです。これが短編推理小説の基本と言えるでしょう。
 これを上手く使いましょう。Aなど、最初の方に出てくる伏線は主に動機や最後の最後でどんでん返しするために取っておく、いわばとっておきの伏線です。心して考えましょう。また、BやCなどは途中の伏線で、このあたりが推理小説の要となってきます。奇を衒わずしっかりと組み立てる必要があるかと思います。
 D辺りは多少地味でも目立たなくても構いません。すぐに解かれる部類で、主にこれは事件解決の鍵となっているものです。身体の縮んだ某名探偵が解決編の直前になにか証拠を拾って、ピキーンと頭に閃光が走るといった具合です。些細なことでも、何か繋がっていることが重要です。
 このように配せばわりと読者を驚かせる伏線を張れるかと思います。もちろんこれは単なる基本形で、思いついたネタに応じてどんどん変えていきましょう。ちなみに
A→’A→B→’B→C→’C
 のように伏線を張っては解決、伏線を張っては解決という推理小説もあります。主に社会派推理小説などに多く、警察なり探偵なりが数多くの人に証言を聞きに行き、そこで得たヒントを元に推理を行い、なんらかの手がかりを得てまた別の人に話を聴きに行く、といった具合です。この手のものは短編で書くのは少し難しいかもしれません。長編の、しかも本格モノ以外に適していると言えるでしょう。安易に短編で伏線を張り、その後すぐにそれを繙いてしまうとせっかく貼った伏線が台無しです。
 小説は時間芸術であり、人が小説を読んで初めて文学は完成するとは友人の言葉です(渡部直己が似たようなことを書いていたな)。読み手が驚くにはやはり伏線と伏線の間にそれなりの【(その伏線自体には)いらない部分】が必要になってくるでしょう。二箇所の特定の部分の間に時間の経過が有った方が読者を驚かせる効果が有る場合、そこに無駄なシーンを挿入すること、渡部直己はそれを捨てカットと表現しました。このような文学のテクニックはミステリーにも応用可です。なぜなら、元はと言えば推理小説も文学の一端だからです。
 以上、いろいろ語ってみましたが、読者が読んで驚くにはどうすればいいかという配置を、基本形に囚われることなく柔軟に考えてみてください。結局はネタ次第で、それに応じて伏線の順序、捨てカットの有無などを判断します。これを応用して複雑化すれば長編小説もすらすら書けるはずです。また、伏線の張り方はミステリーだけでなく、様々なジャンルの小説に応用できます。例えばファンタジーで言えば「ナルニア国物語第一巻」などは非常に伏線の張り方が上手いと言えます。のほほんとしたファンタジーであれば、最後に子どもを安心させるための伏線を貼るのも一興です。その辺り、ナルニア国は非常に意識して書かれていると言えるでしょう。
 あと、小説ではなくても、映画クレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」におけるラストシーンで、某犯罪者が自殺を諦める理由など、全体のテーマに即した伏線が敷けるようになれば完璧です(ネタばれになるので詳しくは書きませんが)。アイデアはいろんな作品の伏線を注意しながら読み、積極的にパクリましょう(笑)。
 ちなみに、伏線を張れるのは何も小説中だけではありません。タイトルも重大な伏線となる場合もあります(平山夢明「ニコチンと少年」独白するユニバーサル横メルカトル収録、など)。色々試してみてください。

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