第3回 会話文、心情描写の書き方

 簡単そうで、実は案外難しいのが会話文。江戸川乱歩賞の初期作品にはあえて会話ばかりで物語を進めるという実験的作品があったようですが、そういった意図的な作品を除き、物語を会話文で展開してはならない、という鉄則が小説にはあります。ただし、これは自分でも守れているかは非常に微妙なところです。なぜなら、探偵小説には探偵による長々とした推理披露のシーンが必要不可欠だから、なんですね(純文学を書こうという時はそんなことしませんが)。
 まあ、会話文は括弧で括ればいい、という単純なものではないのです。例えば以下のようであればどうでしょう。

例1
「えっ?」
「…………」
「そうなの?」
「……うん」
「それじゃあ、一体何のためにやったのよ?」
「君のためだ」
「そんな……」

 たった今即興で作った文章なので、どんなシチュエーションだかさっぱりわかりませんが(笑)、上のものにちょっと付け加えてみましょう。

例2
「えっ?」
 少女は訝しげに首を傾げた。
「…………」
 少年は終始黙り込んでいる。沈黙が流れた。彼の拳は硬く握られたままだった。額には汗を滲ませている。それを見かねた少女はもう一度、最終確認をするかのように尋ねた。
「そうなの?」
 ついに、少年は諦めの様子で頷いた。
「……うん」
 少女は口を噤みながらも、その身体はわなわなと震えていた。知ってはならないことを知ってしまった、そんな禁忌が彼女を心の底から蝕んでいく。やがてその重荷は彼女の冷静さを完膚なきまでに破壊し、気がつけばわけもわからず叫んでいた。
「それじゃあ、一体何のためにやったのよ?」
 突然の大声が少年を一瞬驚かせたが、彼は諦観の様相を崩さなかった。彼は機械的に言葉を並べた。
「君のためだ」
 少女はまだ彼を信じられないようだった。彼に今までのは全て嘘だと言って欲しかった。けれども、その願いはついに果たされなかった。少年はそれっきり黙したままだった。
「そんな……」

 どうでしょう。様子はわかるようになったかもしれませんが、こうやって会話文の間に文章を入れるのにはメリットとデメリットがあります。デメリットとしては、やはり物語を読み進める速度が落ちることでしょう。
 普段の会話を思い出してみてください。返事に窮する場合と、即座に返事できる言葉それぞれあると思います。返事に窮する場合はその間に描写などの文章を挿入すると効果的ですが、即答できる会話に対して無理矢理文章を挿入するとかえって逆効果です。端的に、読者は「ウザい」と感じるでしょう。ストーリー展開を早くしたいとき、物語をスムーズに読ませたい時はあえて会話文の途中途中に文章を挿入することなく、例1のようにさっささっさと済ませてしまうのも、場合によってはアリなのです。アリというか、むしろ推理小説ならそれが歓迎される場合も往々にしてあります。特に純文学だけではなくミステリーやラノベなどを書きたい場合はこのバランスをマスターすると良いかもしれません。
 ちなみに、麻耶雄嵩の「木製の王子」では、推理のためにもの凄く長い会話文が断続的に続く凄いシーンがあります。確かにミステリーでは推理披露のため会話が長くなることがありますが、ここまで来ると、ミステリーの特徴を過剰に演出したアンチミステリーですよね。麻耶雄嵩はこういうところにも気を遣っているのです。凄いなあ。
 ……脱線してしまいました。話を戻します。
 たとえば、例2の最後の部分、「君のためだ」と「そんな……」の間は、こんなに長い説明文など要らないかも知れません。逆に、「……うん」と「それじゃあ、一体何のためにやったのよ?」の間は、今でも長いですがもう少し伸ばしても問題ないかもしれません。

 もう一つ、ポイントとしては以下の点が上げられます。会話文は、必ずしも括弧で括られていなければならないわけではない、ということです。上の例を改良してみましょう。

例3
「え?」
 少女は訝しげに首を傾げた。一方、少年は終始黙り込んでいる。沈黙が流れた。彼の拳は硬く握られたままだった。額には汗を滲ませている。
 見かねた少女はもう一度、最終確認をするかのように尋ねた。
「そうなの?」
 ついに、少年は諦めの様子でうん、と頷いた。
 少女は口を噤みながらも、その身体はわなわなと震えていた。知ってはならないことを知ってしまった、そんな禁忌が彼女を心の底から蝕んでいく。やがてその重荷は彼女の冷静さを完膚なきまでに破壊し、気がつけばわけもわからず叫んでいた。
「それじゃあ、一体何のためにやったのよ?」
 突然の大声が少年を一瞬驚かせたが、彼は諦観の様相を崩さなかった。彼は君のためだ、と冷淡に述べたっきり黙してしまった。
「そんな……」
 

 即席で作った読みにくい文章で非常に申し訳ありません。ただ、言いたいことは分かったかと思います。このように、発言内容を地の文に流すことも可能なのです。敢えて「」で文章を書かず、時に応じて【何かを言いかけた】などの表現を用いると効果的でしょう。

 あと、ライトノベルなどで顕著な例で、僕は使ったことありませんが、以下のような方法があります。

例4
「えっ?」
「…………」
「そうなの?」
(――お願い、そんなの嘘だって言って!)
「……うん」
(――そんな、だって●●君は私のことが好きだったはずなのに。どうして、どうして……)
「それじゃあ、一体何のためにやったのよ?」
「君のためだ」
「そんな……」

 心情描写を直接()で書く方法です。どうなんでしょう、三人称多元で書いている場合、とっさに個々人の心情描写が必要になった場合、ごく簡単にできるいわば裏技ですが、使用はライトノベルに留めておいた方が良いかもしれません。純文学で意図して前衛的なことをやろうと思うのであれば別ですが。
 心情描写もできれば例3のように、会話と会話の間にテンポ良く入れるのが一番かと思います。まとめると、小説を書くときは読み手を意識し、読者は一定の速度で文字を追うのに対しストーリー展開が速かったり遅かったりと不自然にならないよう心がけてみましょう、ということです。まあ、自分でも全然マスターしていない非常に難しいことなんですけどね。
 あと、会話文は注意していないと稚拙になりがちです。普段交わすメールや会話をそのまま書くのでは小説ではありません。会話の日本語と文章の日本語の間には大きな違いがあるのです。いくら会話文であっても、小説で有る限りやはり書かれている文章ですから、作者が作為的になる必要があります。
 参考文献はいつもの通り、渡部直己の「本気で小説家になりたければ漱石に学べ!」です。僕の思いつきよりも断然詳しいことが書いてあるので、是非一度読んでみてください。もう一冊、今回はアメリカ探偵作家クラブの「ミステリーの書き方」を参考にしました(第20章 文体について)。

ミステリーの書き方 (講談社文庫)

ミステリーの書き方 (講談社文庫)

 以下は先ほど紹介した、麻耶作品の中でも「夏と冬の奏鳴曲」、「鴉」に続いて三番目に好きな作品です。
木製の王子 (講談社文庫)

木製の王子 (講談社文庫)