ラディゲ著「肉体の悪魔」光文社新訳文庫

 いやはや、面白かった。フランス文学は恋愛を真っ正面から扱うから読んでいてい非常に面白い。
 作中に何度も出てくる「愛はエゴイズムのもっとも激しい形」というのがこの作品の要となる概念でしょう。
 この作品は「椿姫」と比較すると面白いと思います。「椿姫」の主人公がなよなよとした性格(中2病?)だったのに対し、こちらも愛の行方について思い悩むのは同じですが、どちらかと言えばマセガキというか、男の深層心理をザクザクと表現してしまう主人公です。恋愛関係を築いた時に生じる悪の心理をとても巧妙に描いています。
一方、女性の方はマルグリッドが人格のできたとても魅力的な娼婦として描かれているのに対し、こちらのマルトは人妻でありながら純粋な乙女さながらです。主人公に対して従順でとても大切に思っていて、はっきり言って可愛らしいです。それで尚更男の邪悪さというか、弱い心の陰部が浮かび上がるんですね。
 このような人物造形の違いを見るだけで、作品のバランスがいかに取れているのかを考察することができます。シナリオ自体は驚くほど似通っているのですが、それぞれ深く分析していくと面白いでしょう。
タイトルがちょっと怪しいので手に取りづらいかもしれませんが、内容は恋愛小説なので、是非ご一読をば。今流行っている恋愛小説のように、「共感して泣くため」に存在するのではなく、どちらかというと鬱になるためかもしれませんが(笑)、自分自身の恋愛経験と照らし合わせながら読み進めるといろいろ思うところがあるでしょう。僕も身につまされる(?)思いでした。


最後に、印象に残ったフレーズをいくつか紹介。

○恋は詩のようなもので、どんなありふれた恋だろうと、すべての恋人が、自分の恋はいまだかつて誰も知らなかったものだと考える。だが、僕たちはそんなことは思いもかけず、こんなに激しい不安を感じるのは自分たちが初めてだと思っていた。

○もし愚かな青春があるとすれば、怠惰だったことのない青春だろう。

○「僕を捨てるって、もっと何度もいってくれ」
 そう言いながら、僕は息を切らせ、マルトの体を折れるほど抱きしめた。マルトは僕を喜ばせるため、自分でもさっぱり意味がわからないこの言葉を何度も繰り返した。それはどれににも見られない従順さ、ただ霊媒だけが示すことのできる従順さだった。

肉体の悪魔 (光文社古典新訳文庫)

肉体の悪魔 (光文社古典新訳文庫)